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2011年10月18日火曜日

アレチウリとオオオナモミ 恋瀬川


恋瀬川のアレチウリとオオオナモミは毎年わずかずつ増え続けているようです。
この写真は恋瀬川橋(常磐道)~粟田橋間の群落です。
わずかずつ下流の方向へ群落が進んでいるようです。
 恋瀬川のアレチウリ   9/Oct./2011
 恋瀬川のアレチウリ    9/Oct./201
 恋瀬川のアレチウリ   9/Oct./201
 恋瀬川のアレチウリ    9/Oct./201
  恋瀬川のアレチウリ  9/Oct./201 
 恋瀬川のアレチウリ   9/Oct./201
 恋瀬川のアレチウリ    9/Oct./201
 恋瀬川のアレチウリとオオオナモミの戦い  9/Oct./201
恋瀬川のオオオナモミ群落   9/Oct./201 
 恋瀬川のオオオナモミ   9/Oct./201
恋瀬川のオオオナモミ  9/Oct./201 


2011年1月8日土曜日

やさと(八郷)サイクリング

やさと(八郷)サイクリング
特に春秋はサイクリングで古刹や景色のよい八郷巡りを楽しむ人たちが多い。
 八郷(やさと)にて
 八郷(やさと)にて

2010年12月12日日曜日

恋瀬川サイクリングコース、ふるさと橋~光安寺橋

恋瀬川サイクリングコース ふるさと橋~光安寺
短いがサイクリングコース唯一の山道を下り、一気に小桜川と恋瀬川の合流点を見ながらふるさと橋にたどりつく。ふるさと橋を渡ると小幡、朝日峠、菖蒲沢薬師古道、北向観音、フラワーパークなどがあり、小幡から湯袋峠経由真壁方面。ふるさと橋の右を見ると削られた竜神山、常陸風土記の丘方面。ふるさと橋をサイクリングコースへとさらに進む約300mで光安寺橋。光安寺橋付近にはむかし光安寺という寺があったという。橋のたもとには虚無僧を供養した場所がある。市の文化財とのこと。詳しくできたら調べてみたい気がする。
恋瀬川ふるさと橋から筑波山方面 29/Sept/2010
ふるさと橋から削られた竜神山方面
ふるさと橋から光安寺橋方面
光安寺橋
光安寺虚無僧供養塔
同案内板
光安寺橋からコース柿岡方面
大雨後の漂流物、稲藁の残骸

2010年11月18日木曜日

晩秋の恋瀬川サイクリングコース

晩秋の恋瀬川サイクリングコースはさびしい。数日前は緑だった山野は冬仕度に。行き交うサイクリングの人たちもなんとなく、速足の様子だ。挨拶を交わすと多くのひとは遠距離を走っている。筑波山ろくの峠を越したり、りんりんロードや霞ヶ浦も走るという。自分は今日、始点からやさとの十三塚まで柿やフクレミカンを見たいと思って出てきた。いい年寄りなのでなんとか50km以内で。冬に向かって足腰を鍛えなくては。山野を駆け巡るようになってからは体調もなんとかよい。    

冬支度・竜神山と石岡市染谷
川原の尾花・恋瀬川、川原
金色の河川
晩秋の恋瀬川サイクリングロード
晩秋の恋瀬川
五輪堂橋
晩秋の河岸からの紅葉
恋瀬川川原
秋のこいせがわ
恋瀬川・晩秋




2010年11月2日火曜日

碧い筑波山と恋瀬川のトンビ

碧い筑波山と恋瀬川のトンビ 五輪堂橋~ふるさと橋
碧い筑波山と恋瀬川のトンビ Oct.27 2010
トンビ
二羽のトンビ
トンビ 2
春を待つ杉のつぼみ ♂花 いやですね
杉の♂花
山のヘリ サイクリングコース
恋瀬川、川又川合流点
やさとの富士山と加波山方面
ふるさと橋付近
ふるさと橋
ふるさと橋から恋瀬川
竜神山方面
碧い筑波山
筑波山が近くに見えるふるさと橋に着きました。
柿岡方面へ走るかふるさと橋を渡って
小幡方面へ向かうか悩みました。
小幡で柿やふくれみかんも見たいし
さてどちらにしようかな。






2010年10月31日日曜日

秋の恋瀬川サイクリングコース 碧い筑波山と自然

秋の恋瀬川サイクリングコース 碧い筑波山と自然
府中橋~ふるさと橋
石岡市染谷付近 2010/10/27
サイクリングコースと竜神山
田園と筑波山 2010/10/27
田園と筑波山
恋瀬川のススキ
碧い筑波山
傍らのコスモス
宝暦3年の道祖神 石岡市染谷(右に水神と刻まれている。)
浦須橋の上流高友橋際の水神宮

今日は筑波山が碧かった。
10月下旬だが少し肌寒さを感じた。
いたる所で赤とんぼが飛び交っていた。
このコースは変化が少ないと云った人もいたが
開発のない未踏の聖地かもしれない。
万葉時代、信筑川(しづくがわ)と呼ばれていた恋瀬川。
万葉歌人も遊んだこの岸辺。
河口の高浜から竿舟でサイクリングコース終点の橋、
浦須橋の上流まで舟で荷が運ばれた。
江戸のほか霞ヶ浦からの荷はそこから又、陸路
上曾峠などを越えて各地に運ばれた。
周りは、明治、大正の時代まではよく出水に見舞われたようだ。
信筑川(しづくがわ)・常陸國風土記


(木村正辞旧蔵本の模写、江戸時代、筆者蔵本)
私のもっともお気に入り文は信筑川に続く
「花の春、紅葉の秋」から始まる高浜の景観を
風土記の作者が四字六字の漢詩調の美文で詠んだもの。